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国指定史跡である「宗吉瓦窯跡」。この瓦窯には大きな特徴が三つあります。  ※画像クリックで拡大表示
 藤原宮で使われている瓦で、日本一遠くの場所で焼いた窯

 694年に完成した藤原宮の建設では、200万枚もの瓦が必要だったため、周辺だけでは調達できず、大和以外に和泉(大阪府)や淡路(兵庫県)、近江(滋賀県)などからも瓦が運ばれていたようです。そのなかで、最も遠くにあったのが、ここ宗吉瓦窯で、藤原宮まで200kmもの距離を船で運んでいました。
 当時、宗吉瓦窯の近くには港があり、船に積まれた瓦は、瀬戸内海から大和川、飛鳥川を経由して運ばれました。



 瓦窯が24基あるのは、当時としては日本最大規模

  宗吉瓦窯は現在24基が確認されており、三つのグループ(A、B、C群)に大別され、確認順に1号から24号窯と呼びます。
 二十数基が一列に並ぶ威容は他に例がなく、当時の瓦窯としては日本最大規模でした。 
 24基もの瓦窯は、どんな使われ方をしたのか?
発掘調査の結果、C群の窯3基は藤原宮への瓦供給以前からのもので最も古く、残るA、B群の21基の窯は後の時代の同時期に築かれていることが分かりました。
 操業当初は、3基の窯(C郡)で地元の妙音寺の瓦を製造し、後に丸亀市の宝憧寺や藤原宮へ大量の瓦を供給するために、21基(A、B郡)の窯が増設されました。
 良質な粘土が豊富で、周辺の山々から薪が調達でき、瓦づくりの技術がある。しかも近くには湾があり海上輸送が可能だったことなど、生産から輸送までの好条件が整っていたことから、ここまでの規模に発展しました。

 17号窯は長さが約13メートルあり、全国でも最大級の瓦窯

  調査の結果、窯の天井部分は崩落しているものの、床面はほぼ完全な状態で 残っており、窯の全長13m、最大幅2m、最大高1.4mで、瓦専用の登窯 としては国内最大級の規模であることが判明しました。
 しかし、これほど大きな窯は一度に大量の瓦を焼くことができる反面、燃焼効率が悪く、大量の不良品が発生しました。
 そのため、後に小規模な窯を同時に多数利用することで、均一な品質の瓦を大量に生産できるよう改良したものと考えられます。